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東京高等裁判所 昭和51年(行ス)1号 決定

(横浜入国者収容所収容中)

抗告人(原審申立人)

林愛

(同収容所収容中)

抗告人(原審申立人)

劉立生

右法定代理人親権者母

林愛

抗告人両名代理人

久保田康史

外一名

相手方(原審被申立人)

東京入国管理事務所主任審査官

水間正芳

主文

一、原決定第二項を取消す。

二、相手方が抗告人らに対し昭和五〇年一二月一七日付で発付した外国人退去強制令書に基づく執行は、それぞれの収容の部分につき、東京地方裁判所昭和五〇年(行ウ)第一六七号退去強制令書発付処分取消請求事件の判決が確定するまでこれを停止する。

三、本件申立費用ならびに抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人らは、主文同旨の裁判を求め、その抗告の理由とするところは、本件退去強制令書に基づく収容によつても抗告人らは回復し難い損害を受けており、これを避けるための緊急の必要があるから、収容処分についても執行停止をすべきである、というにある。

抗告人らの本件執行停止申立の趣旨および理由ならびにこれに対する相手方の意見は、原決定書に記載のおりである。

当裁判所も、原裁判所が本件外国人退去強制令書の執行をその送還処分の部分につき停止すべきであるとした点についてはこれと同じ判断をするから、原決定書理由三、1および2の説示をここに引用する。

そこで、進んで、本件退去強制令書に基づく収容処分の執行を停止すべきかどうかを判断する。

出入国管理令五二条五項による収容処分は、退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときにこれを送還可能のときまで収容できるものとされているのであるから、右送還がなされることを前提としてその送還までの間逃亡を防止し、その身柄を確保するための保全措置として附随的暫定的にとられる処分であつて、不法入国者を拘束すること自体を目的とするものではないと解されるところ、前示認定(原決定引用)の事情のもとで本邦に在留することを熱望していると認められる抗告人らの本案判決の確定までの間に逃亡するおそれは殆んどないものと考えられ、他に収容を継続しなければ送還の執行を不能にするような特段の事情があるとは認められない本件としては、収容によつて自由を拘束されて精神的苦痛を受けつつある抗告人らにとつて本件執行停止は右収容処分についても回復困難な損害を避けるための緊急必要性があるものということができる。

よつて、抗告人らの本件執行停止の申立は原審が認容した送還部分についてでなく、収容部分についても理由があるから、後者の部分の申立を却下した原決定の当該部分を取消し、その申立を認容すべきものとし、申立費用ならびに抗告費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法四一四条、三七八条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

〈参考・原決定〉

(東京地裁昭和五〇年(行ク)第九五号、執行停止申請事件、同五一年二月五日民事第三部決定(抗告))

(本案・当庁昭和五〇年(ロ)第一六七号退去強制令書発付処分取消請求事件)

(横浜入国者収容所収容中)

申立人

林愛

(同)

劉立生

右法定代理人親権者母

林愛

右両名代理人

久保田康史

外一名

被申立人

東京入国管理事務所主任審査官

水間正芳

右指定代理人

坂本由喜子

外四名

主文

一 被申立人が申立人らに対し昭和五〇年一二月一七日付で発付した外国人退去強制令書に基づく執行は、それぞれ送還の部分に限り、本案(当庁昭和五〇年(行ウ)第一六七号事件)判決の確定に至るまでこれを停止する。

二 本件申立のその余の部分を却下する。

三 申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一申立人らの申立の趣旨および理由

1 申立の趣旨

被申立人が申立人らに対して昭和五〇年一二月一七日付で発付した外国人退去強制令書に基づく執行は、本案判決の確定に至るまでこれを停止する。

2 申立の理由

(一) 申立人林愛は、大正一五年三月九日、台湾台北市において出生したものであるが、昭和一〇年両親に伴われて来日し、以来日本内地に居住して小学校、高等女学校を卒業し、東京女子経済専門学校保健科に入学したけれども、在学中終戦となり、両親共々罹災したので昭和二一年三月三一日同校を中退して台湾に帰国した。帰国後、台湾においては、もつぱら保育園の保母等保育関係の仕事に従事していたが、昭和三一年一〇月中国人劉国雄と婚姻し、翌三二年九月一九日申立人劉立生を出産した。夫は、昭和三四年二月死亡したため、以後は申立人劉を養育しながら引続き保育関係の仕事に従事した。申立人林は、昭和四〇年四月四日観光客としての在留資格で申立人劉を伴つて来日して、東京家政大学、日本社会事業学校を卒業し、幼稚園教諭免許、保母資格、社会福祉主事任用資格を取得した。一方申立人劉は、東京都の区立小学校に入学、同校卒業後、区立中学校に進学したが、一年に在学中の昭和四六年五月二九日申立人らは台湾に帰国した。その後、申立人林は、昭和四八年二月二八日、申立人劉を伴い、前同様観光客としての在留資格で本邦に入国し、田無市に居住して同市所在の洗心保育園に保母として勤務し、申立人劉は同年九月同市立中学校二年に転入し、同校卒業後都立武蔵高等学校に入学して、現在一年在学中である。以上のとおり申立人林は過五〇年のうち一九年間を日本で生活し、教育を受けているので、日本の文化、習俗になれ親しんで中国語より日本語の方が得意であり、また申立人劉は一八年間のうち九年間を日本で生活し、日本の小学校、中学校、高等学校において日本人と同様の教育を受けてきたもので、日本語は堪能である。

(二) 申立人らは、昭和四八年一〇月二二日東京入国管理事務所において在留期間更新申請を行ない、その許可を受けたが、法務大臣から、今回限り更新を認め、以後は更新を認めない旨告知さたため、その後は在留期間の更新を申請することなく在留していた。ところが、申立人らに対し昭和五〇年七月ころから不法残留者として退去強制の手続が開始されたので、申立人らは法務大臣に異議の申出をしたが、昭和五〇年一一月二八日異議の申出が理由がないとの裁決がなされ、次いで被申立人が昭和五〇年一二月一七日申立人らに対し、本件退去強制令書を発付し、現在、申立人らは横浜入国者収容所に収容されている。

(三) しかしながら、申立人らについては、以下述べるとおり特別在留を許可すべき法律上の根拠および事情が存するから、法務大臣の本件裁決は裁量の範囲を逸脱した違法のものであり、これに基づき被申立人の行なつた本件退去強制令書発付処分も違法である。

(1) 本件裁決は、出入国管理令五〇条一項二号、昭和二七年法律一二六号二条六項、昭和二七年外務省令一四号一項、二・三号、出入国管理特別法一条等、その他の法令の趣旨および申立人らのごとき台湾人に対して広く在留を認めている従来の取扱ならびに社会通念に反して申立人らを不当に差別するものである。

(2) 申立人林は、その教育のすべてを日本で受け、その知的能力は日本の社会の中で最も良く発揮され、かつ生活をたてて行く途は、長年に互つて身につけた保育に関する知識と経験を生かして行く以外にはなく、また同人は、洗心保育園において、正規の資格を有する、能力及び経験豊かな保母として同保育園の保育者の中心となつて運営に参画しているので、収容、送還されれば、その生活の途を絶つことになるのみならず同保育園の同僚保母、児童にとつても重大な不利益を与えるものである。

申立人劉は、現在都立武蔵高校で勉学に励み、日本の社会に融けこんでいるので、収容、送還されれば、勉学の機会が失われ、人間としての知的能力を高め、有意義な人生を送る機会は失われてしまう結果となる。

(四) 以上の事情のもとにおいて本件退去強制令書の執行をすることは、申立人らに回復しがたい損害を蒙らせるものであり、かつ右の事情のもとでは右損害を避けるため緊急の必要性がある。

二被申立人の意見

本件申立は、次に述べるとおり、その理由がないので却下されるべきである。

1 本件裁決および退去強制令書発付処分には、何らの違法も存しないから、右発付処分の取消を求める本案には理由がない。すなわち、申立人林は、戦前、日本に居住してはいたが、終戦後台湾に帰国した者であるから、これを特別に扱い在留を許可すべきことを定めた法令や法理はないので申立人らの主張は失当である。また、申立人林は正規の資格ある保母として保育園に在職しており、台湾ではこの能力を生かせないことを本件処分の違法理由として主張しているが、我国においては外国人労働者の受入は行わないこととして取扱つているので、右主張も理由がない。

2 本件申立は、回復困難な損害を避けるための緊急の必要がある場合に該当しない。すなわち申立人らは、その本来の目的とする査証を受けられないことを十分知つていたにもかかわらず、観光目的を理由に本邦への入国申請をすれば容易に査証を入手できることを奇貨として、観光のために入国するものと偽つて観光査証を受けて入国し、その後期間更新許可に当つて不正を指摘され、許可期間内に出国するよう指導を受け期間更新許可も今回限りとされるや、以後は在留期間を経過してもあえて期間更新申請の手続すらせず、観光入国者としては許されない在留活動を継続してきたのであつて、申立人らの主張する回復困難な損害というのは、いずれも不法状態の上に積重ねられた既成事実にすぎないものであるから、回復困難な損害というにはあたらない。

3 収容部分について執行停止により申立人らに対し無制約の在留を認めることになれば、令が規定した在留資格制度を甚しく棄乱することになり公共の福祉に反する。

三当裁判所の判断

1 本件疎明資料および本件記録によれば、申立人らの申立の理由中(一)、(二)の事実およぶ申立人らが、被申立人の本件退去強制令書の発付処分が違法であるとして、右処分の取消訴訟を当裁判所に提起していることが認められる。

右の事実によれば、本案判決の確定をまたずに、本件退去強制令書に基づき、申立人らの国外への送還処分が執行されてしまうならば、申立人らは、事実上、本案訴訟追行の目的を失ない、たとえ右訴訟で勝訴判決を得ても回復することの困難な損害を蒙ることは明らかであり、かつ、その損害を避けるため、本件各処分のうち申立人らに対する各送還部分の執行を停止する緊急の必要があるというべきである。

2 被申立人は、本件申立は本案について理由がないとみえるときにあたると主張する。なるほど、前記認定事実によれば、申立人らがいわゆる不法残留者に該当することは明らかというべきである。しかし、そうであるからといつて、本件退去強制令書発付処分が違法とされる余地が全くないというわけのものではなく、本件において、本案の審理を経ない現段階で、全疎明資料をもつてしても未だ本案につき理由がないことが明らかであると認めるに足りない。結局、本案の理由の有無の判断は今後の審理をまつて決するより他ないものというべきである。

3 申立人らは、本件退去強制令書に基づく収容部分の執行停止をも求めている。

しかしながら、退去強制令書の執行による収容は、単に送還のための身柄の確保のみならず、退去強制令書が発付された者を隔離しその在留活動を禁止することをも含んでいると解せられるから、収容に通常伴う不利益を受けるからといつても、それだけでは回復困難な損害ということはできないものというべきである。ところで、前記認定事実及び本件疎明資料によれば、申立人らは、いずれも真実の入国目的を偽つて観光目的を理由に簡易に取得できる短期入国査証で本邦に入国したうえ、昭和四八年一〇月の在留期間更新許可の際法務大臣から以後の更新を認めない旨の告知を受けてからは、更新の申請すら行なうことなく在留を続け、この不法残留期間中に申立人林においては洗心保育園に勤務し、申立人劉においては高等学校へ入学したものであつて、申立人らの主張する損害というのはいずれも右の不法残留期間中に形成された生活関係が維持できなくなることにより生ずる事態の経過として申立人らにおいても当然予測して然るべきことを内容とするものであつて、まさに収容に通常伴う不利益そのものにすぎず、これ以上に、例えば、収容が継続されると健康に支障を生ずるとか、財産整理に関して通常の場合に比して著しく不利益な立場に追いこまれるとか、或はまた学業を継続できないことにより社会的有用の資格取得が著しく困難となるとかというような事情も認められず、その他申立人らの主張する諸般の事情を斟酌しても本件においては未だ前記の収容に伴う通常の不利益以上の損害が生ずる状況にあるとは到底認められない。

従つて収容の継続により申立人らに対し回復し難い損害が生じ、かつこれを避けるため緊急の必要があるということができない。

4 以上の次第で、申立人らの本件申立は、本件退去強制令書に基づく処分のうち、送還部分につき本案判決が確定するまでこれを停止することを求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを却下することとし、申立費用の負担につき、民訴法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(内藤正久 山下薫 飯村敏明)

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